蘇我馬子は天皇だった。
明治憲法で万世一系と天皇家を評されるようになり、古代史の研究は、万世一系が大原則の下、研究が行われていたように思われます。実際は、2回とも3回とも言われていますが、血統が途切れた時期があるのにも関わらず・・・。
タイトルの「蘇我馬子は天皇だった」はなんばの卒論のタイトルでもありました。官撰の歴史書は、どうしても後の為政者の正当性を主張するために編纂されている書物で、本当の歴史は別にあるという視点で書いたのを覚えています。できは、完成度が低く、とても発表できるもでなかったですが・・・。
昨日、蘇我入鹿邸跡が発見されました。これが、歴史を変える発見となるのか、歴史書を確認する発見で終わるのかは、今後、注目です。もしかしたら、日本の歴史が根底から覆されることも、あるかもしれません。まだ、日本古代史は未確定な要素が多いですから。
昨日のエリザベス女王杯、今年一番のG1やったかもしれませんねぇ。みんなの想定の範囲内にあった決着だったのでは?
スイープが有馬も勝てば、逆転の年度代表馬もあるのでは?
| 固定リンク | コメント (3) | トラックバック (2)


最近のコメント